火とヒト

 

寒い日が続きますね。こんな寒い季節のキャンプでは、皆さまはどう暖をとっているのでしょう。焚き火をしたり、各種ストーブを使ったり。

 

形は違えど、今ではそこに火の存在があるのではないでしょうか。

 

ところが、誕生から数百万年のあいだ、人類は火を使わずに生きてきました、といきなり話は飛びます。かつてダーウィンは言いました。「火(の制御)は、人類最大の発見だ」と。

 

焚き火好きの私たちにとっては、やはり火は偉いんだと、勇気づけられる言葉ですが、もっと大きなスケールでも、火は我々に影響を与えてきました。その影響について、注目を浴びる説を唱える学者がいます。ハーバード大学のリチャード・ランガム博士です。

 

今回は体の進化から、男女の役割、女性の魅力まで、人類が火を手に入れて受けてきた影響について、ランガム博士の唱える「料理仮説」を中心に紹介していきたいと思います。

 

火がヒトをつくった

ランガム博士は、ヒトが火の利用を始めた時期を、今から180万年ほど前と推測しています。この時期のヒト(ホモ・エレクトス)の体に、火を利用した痕跡が様々に残っていると言います。

 

ホモ・エレクトス以前の人類は、直立歩行している点で我々と似ていたものの、その他の特徴は類人猿に近いものでした。ところが、ホモ・エレクトスになると、現在の私たちに良く似た身体的な特徴を備え始めます。小さなアゴや消化器官、そして大きな脳などです。

 

この変化を、火の利用から説明するのがランガム博士の「料理仮説」です。

 

料理仮説を要約すると、次のようになります。

 

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つまり、火を手に入れ、加熱調理を始めたことが、現在の私たちにつながる爆発的な脳の増大をもたらした、というのが料理仮説なのです。

 

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そして、ランガム博士の説が面白いのは、料理が、脳の増大など身体的な変化だけでなく、現在の私たちに続く、社会的な変化にも言及している点です。

 

タカるオス

猿は食料を見つけると、見つけたその場ですぐに口に入れます。料理を発見する前のヒトも、これとそれほど変わらない食事の仕方だったと推測できます。

 

ところが料理の発見によって、その行動が変化します。見つけたその場で食べるのではなく、調理場所まで持って帰るようになったのです。また、料理に十分な食料を集める間や、料理をする間は、食料を一時的に保管するようにもなりました。

 

保管された食料は人目に付きやすくなります。また、料理された食料は消化しやすい分、その価値は高くなります。

 

価値の高い食料が、目の前にある ー この状況からランガム博士の「盗人説」が展開されます。

 

食料を探すのにはエネルギーが必要ですが、消費したエネルギーに見合った食料を見つけられるかは不確かです。そこに、料理中の食料が目に入る ー 奪ってしまおうというモチベーションが生まれるのは、当然かもしれません。

 

では、誰が誰から奪うのでしょう。多くの場合、体の大きなオスが、体の小さなメスから奪っただろうとランガム博士は推測します。

 

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こうして、メスが採集し料理した料理を、オスが盗んだり奪ったりタカったりする状況が生まれました。

 

一方、この状況にメスも黙ってはいません。対抗策は、食料を守る警備員を雇う ー 特定のオスと食料を守るための絆を結ぶことでした。ランガム博士は、これが男女の絆、夫婦関係の始まりだと示唆しています。

 

メスの役割・オスの役割

 

盗人説をもう少し詳しく見てみましょう。

 

オスの盗みたかりから自分の食料を守るため、メスは特定のオスと絆を結びました。絆を結んだオスは、その見返りとして、メスから料理された食料の提供を受けるようになりました。

 

メスにすれば、もともと自分が集めて料理した食料を守るために、(夫の)オスに食料を分けねばならず、不公平な感じがしますが、全て奪われるよりはマシなので仕方がなかったのでしょう。

 

この関係からオスが得る食料。これが、オスにもう一つの恩恵を与えます。自分で食料を探し料理する必要が減ったため、時間が余るようになったのです。

 

では、オスは与えられた自由な時間を何に使うようになったのでしょう。ランガム博士によると、オスはその時間を使い、肉を求めて狩りをするようになったようです。

 

メスが集める食料は、植物の実など植物性の食料が中心でした。植物性の食料だけでは、十分なエネルギーを確保できなかったという側面もあるかもしれません。

 

いずれにしても、オスが(失敗に終わる可能性が高い)狩りにエネルギーを費やせるようになったのは、メスからの食料と料理の提供があったからこそでした。

 

オスが狩りをし、メスが採集と料理をするー現在の世界にも色濃く残る男女の分業の体制は、こうして始まりました。

 

メスの魅力

つぎからつぎへ現象が繋がっていくもんだなあと思いますが、この男女の絆と分業体制の始まりも、また次の現象へと繋がっていきます。次に発生したのは、より優秀なオスを巡る、メス同士の競争です。

 

絆に対するオスの意欲や能力は、個体によって差があります。メスは自身の生存の確率を上げ、子孫を残すために、より優秀なオスと絆を結び、意欲的に関与をさせ続ける必要がありました。ここで優秀なオスを巡る、メス同士の競争が発生したのです。

 

競争を勝ち抜くには、武器が必要です。この競争で使われた武器はというと、オスを惹き付けるメスの性的な魅力でした。そしてこの武器は、メスの体で「性的受容性の延長」という形の発展を遂げていきます。

 

想像が膨らむ言葉ですが、「性的受容性」とは、メスが交尾をする期間のことを指します。

 

動物のメスは通常、発情期に限って交尾をします。初期のヒトも、他の多くの動物と同様であったと推測できます。

 

ところが、現在の私たちはどうでしょう。相手をその気にさせさえすれば、いつでもセックスをすることができます。この交尾可能期間の違いは、優秀なオスを巡っての競争を戦うために、メスが発達させてきた武器だったのです。

 

(排卵が隠されていて)いつ子供ができるか分からない、が、いつでも交尾の機会を与えてくれる、となると、あいつが彼女を口説いて子供を作るかも。こういった状況を上手く作り、優秀なオスを獲得、維持できたメスほど生存が有利になり、遺伝子を次の世代に繋げることができたという訳です。

 

女性陣はこの競争を数百万年間勝ち抜いてきたのかと考えると、まあ勝てませんよね…、と我々オス側は思ってしまいそうですが、まあ勝てませんよね。

 

火を巡る物語

焚き火の前にいると、普段考えないことを考えたり、意識しないことを意識することがあります。そしてそういった時間は、私たちの人生に少しのコクを与えてくれるものだと思います。

 

今回ご紹介したランガム博士の仮説は、博士自身も認めていますが、考古学的に立証されたものではありません。博士の主張を裏付ける、この時期の焚き火の跡などの証拠が見つかっていないのです。

 

しかし、こういった火から始まる物語に思いを馳せると、目の前の焚き火が、また少しコクのあるものになるかもしれませんね。

 

出典:

  1. Charles Darwin “Descent of Man”
  2. Richard W Wrangham et al. “Raw and Stolen” http://web.stanford.edu/~jhj1/papers/wrangham_etal1999.pdf
  3. Richard W Wrangham著 “火の賜物”